【ゴーモック】五目並べにさらなる「集中力」「緊張感」、そして「運」の要素を取り入れたスリリングテーブルゲーム。親子で楽しめる新感覚知育玩具

ゴーモック誕生秘話

私と大川ひろしとの出会いは今から15年前のこと。
強力な縁で引き合わされたかのような私たちが、本気で「夢」を語り合うまでにさほど時間はかかりませんでした。そして、「何か自分達の出来ることで人の役に立ちたいなぁ」が、いつしか二人の合言葉になっていました。

二人が始めて取り組んだことが老人ホームへの慰問活動でした。歌が大好きだった私たちは、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に、童謡、唱歌、懐メロを唄うことで喜びを感じました。

慰問を繰り返すうちに、歌手になればもっと喜んでもらえることを感じてきた私たちは、その道へ進むことにしました。先輩歌手の付き人、作曲家先生の内弟子期間を経て平成9年11月、私たちは歌手の仲間入りを果たすことができました

以後、歌手生活を個々に学んできた私たちは、10周年を目前に二人の学んできたことを合体させてステップアップを図ることにしました。

運命の日は、平成18年を迎えたばかりの1月7日。
私たちは、行きつけのお店で、二人の10周年イベントの件で打ち合わせをしていました。
話が行き詰まったとき、目の前にあった色々なお菓子が詰まった篭の中のミニえびせんに目が止まりました。一つの袋には白いイカせんが、もう一つには黒いイカスミせんが10数枚入っていました。

「大川さん、息抜きに五目並べでもしましょう。」と、私は紙に碁盤の目を書き、二人はイカせんでしばらくの間、五目並べで遊びました。二人とも、五目並べは子供の頃に遊んだくらいだったのですが、勝負は私の一方的な勝ちになりました。確かに私は子供の頃、一時期かなりハマッて親父に鍛えてもらった記憶がありました。

〔五目並べは、確かに勝っても負けても面白い。ルールが簡単だ。しかし実力差があっても、もっと楽しめる五目並べだったら・・・〕
「これだ!!」
〔歌もゲームも年齢・性別・実力に関係なくみんなで楽しめる!〕

その日以来、大川さんの手助けも受けながら、連日連夜に時間があれば、新ゲームの開発に明け暮れました。月が変わって2月1日。それは、遂に完成。命名『ゴーモック』新感覚五目並べの誕生でした。2月3日に弁理士の先生に相談すると、「これは、本当に面白い。よく考えられています。」とお墨付きを頂き、商標・特許を出願。2月7日には、ゴーモックは登録商標

ゴーモックのイメージ

3月11日に『夢創舎』を設立し、4月には、商品として1,000セット製造・・・と、ここまでトントン拍子にきたものの、商売、販売経路、手段を持たない我が社は、当然売上げも伸びず、2年間で300セット程が売れたに留まりました。
しかしながら、ゴーモックを通じて多方面で皆様と楽しい時間を持てましたし、2007年の7月には、ユニット『Wひろし』で「風っ子の唄」もリリース『ゴーモック』がこの世に生を受けたことに意味はあったと思うものの『夢創舎』は長い氷河期にあったのでした。

平成20年3月7日。(株)イーシーエム大阪の谷口氏との出会いが、この均衡を破りました。谷口氏からアドバイスを頂き、ゴーモックをインターネットで紹介、販売させて頂くことが決まりました。
4月4日から、イーオートセールが開始。同時にマスコミへのプレスリリースにもお力添えを頂きました結果、4月10日の朝日新聞の朝刊にゴーモックが掲載されました。それを機に、各方面からの取材、出演依頼を頂きまして、1ヶ月余りでゴーモックは急激に脚光を浴びることが出来ました。この紙面をおかり致しまして、皆様にお礼を申し上げます。ありがとうございました。そして、今後とも、よろしくお願いいたします。

と、いうようなことから、この度、皆様にゴーモックの面白さをお伝え出来ればと、ホームページを作成するに当たりまして、慣れないペンを握っておりますのもので、乱文、乱筆をお許し下さい。

夢創舎の今後は、歌手とゲーム会社の二股をかけるのではなく、両道を活かせて、今まで以上により多くの皆様と、ふれあい喜んで頂けますよう、私たちは努力精進いたす所存でございます。

最後になりますが、この手記を書いております今日が「こどもの日」というのも、やはり何か縁じみたものを感じております。

2008年5月5日
三輪ひろし

ゴーモックの主な遍歴

大阪日日新聞掲載記事
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